○「コンパクトシティ」とは
(1)市街地の拡大ベクトルを抑えることが真に必要か、そしてそれは可能か
これまでの市街化区域の拡大要求は、人口増大を是とする地方都市の総合計画のスタンスが招いた、右肩上がりの時代の政策の遺物であるといっても過言ではない。それが、現代の地方都市において、中心市街地の空洞化を生じさせているのである。
そこで、これまでの人口増加施策を引きずっている行政および商工界に対しては、市街地をけして拡大することなしに、ある程度の都市の成長(正確に言えば人口増)を担保する手法として、新たな住宅需要に対応する施策を用意しておくことが必要となる。例えば、市街化区域内の未利用地の適切な宅地化の誘導や、容積率の増大施策等によって、市街地内部に居住空間を再構築していくというものである。都心居住施策(敢えて、地方都市においては「街なか居住」と称したいが)の必要性は、この部分においてコンセンサスを得ることが可能となるはずである。
現実的には、地方都市の中心部に存在する路線型商店街においては、街区内部の土地の所有関係の整理・統合が必要となってくる。未利用の敷地内空地や裏宅地と呼ばれる空間(いわゆるアンコ)の再編成を進めることによって、街区の容積達成率を高めるような施策が現実的に可能となるのである。街なか再生型の区画整理事業等、内向きのベクトルを誘導する施策が今後ますます必要となってくると思われる。その実現のために市民の意識を後押しするようなインセンティブの想定が必要になる。
しかし、それでも、土地の所有関係の再編成は、関係権利者のそれぞれの価値観やライフステージという内部要因と経済情勢等の外部要因とによって、決して理論通りに進められるものではない。そこでは、様々な情報提供や学習の機会の創出によって、自らの将来像を空間イメージと組み合わせる形で考えようとする市民を育成していくことが必要となる。
(2)美しい農村、郊外を形成していく必要性
一方で、市街地拡大のベクトルは単に開発側の拡大方針によるものだけではなく、農業構造の変革の中で農地の転用を志向する農業世帯によっても引き起こされているという事実は前述の通りである。したがって、この部分においても農業従事者のコンセンサス形成がコンパクトシティ実現のカギを握ることとなる。
したがって、内向きのベクトルを喚起するような都市型の活性化施策を進めるだけではなく、このような都市フリンジから郊外へとつながるゾーンに対する積極的な方策を新たに検討する必要があると思われる。
具体的には市街地周辺の農村集落地域は、都市と農村の交流の場として、レクリエーション機能を内包したり、1.5次的な産業の進展等により、農地や緑地と共存する空間として、コンパクトな地方都市の市街地を柔らかく取り囲むベルトのような位置づけで整備されていくことが望まれる。
そのためには、大規模な公園等の整備や、農地の保全と活用、あるいは農地と共存するような田園型の市街地形成等が重要テーマとなるはずである。また、市街化の圧力は高まっているものの面整備等が実施されない市街化区域内への編入がされていない地域や農業振興地域内の白地地域については、美しい沿道景観の維持のために適切な土地利用の秩序化が図られていく必要がある。
市街地周辺におけるレクリエーションの場として、あるいは自然環境と共存する地域として、調整池の活用や農地の保全整備、また斜面樹林地の保全等を行っていくことにより、市街地を取り囲むアメニティ拠点が形成されていくこととなる。コンパクトシティ実現のためには、市街化区域外のエコロジカルな土地利用方針の確立が不可欠である。
(3)公共公益施設の計画的配置とストック活用
市民に対して内向きのベクトルを誘導する施策をとって、地域内でストック活用のコンセンサス形成を図りながら、公共公益施設の配置がフロー主義によって市街地の無秩序な拡大を招くような矛盾は、避けられなければならない。逆に言えば、自治体が率先して市街地内部の空間を活用していく施策を提示していく必要がある。
しかも、それは中心市街地を区画整理や再開発事業によりリニューアルしていく中で公共施設を内包させていくといった従来の開発手法(右肩上がりの時代における正攻法の方策)の財政的限界を乗り越えるための工夫を盛り込んだ政策とならなければならない。それは端的に言えば、既存ストックの再生・活用という視点であるし、場合によっては、別の機能を持ち込むことにより、地域内で新たな施設として生まれ変わるような取り組みも考えられる。
したがって、都市行政の各部門が管理する各種公共施設の配置に関して総点検を行う中で、機能の複合化を伴うリニューアル・プロジェクトを中心市街地内部で構想していくことが、それに伴う民間の内向きベクトルを誘発することにもつながり、結果的にコンパクトシティの都市活動を密度の濃いものとすることとなるはずである。
今日の地方都市においては、豊かな資源を守り、少しずつ創り、今あるものを育てていくプログラムが必要となる。そのためにはフロー中心からストック中心の施策にシフトしていかなければならない。それは新たな空間をつくるという事業から今ある空間を育てるプロジェクトへとシフトしていくことを意味する。いわば「まちづくり」ではなく、「まち育て」の発想である。それが、コンパクトシティ形成のための鍵となることを強調したい。
(北原啓司:コンパクトシティにおける複合化の発想,日本建築学会大会資料1998を加筆修正)