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 しゃかいの部屋

浜通り地域「道の変遷史」

古代・中世


律令りつりょう国家の官道かんどうとしてあずま街道(海道)が歴史に登場
植田町にある道標
植田町にある道標
勿来の関跡
勿来の関跡

浜通り街道が初めて歴史に登場するのは8世紀のこと。そのころ編纂へんさんされた『続日本紀』の史書の中に「(あずま)海道」という名称で記載されており、当時すでに律令政府の官道とされていたことがわかります。

近世


「近世浜海道」として幕藩体制下で整備が進む
立原杏所筆「浜街道紀行巻・磐城平(尼子橋)」より
立原杏所筆「浜街道紀行巻・磐城平(尼子橋)」より
改正陸奥磐城 四群全図(部分)
改正陸奥磐城 四群全図(部分)

この「あずま海道」は、戦国時代になると軍事的な要請もあって次第に整備が進みました。その後、江戸時代に入ると全国の街道整備に乗り出した徳川幕府によっていっそう整備が進み、ここに「近世浜街道」が成立しました。

近代


明治維新後「陸前浜街道」と称され、浜通り地域の幹線道路に
大正初期の主要街道(福島県内)
大正初期の主要街道(福島県内)

明治5年、それまでバラバラだった道路の名称を「陸前浜街道」と統一する旨、明治新政府によって布告が出されました。その後、県道、そして国道への昇格を経て、大正9年には第6号国道と改称され、現在に至っています。

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