最上川の歴史
変化する川の流れ
 最上川の最も古い姿がたん生したのは、今から約300万年前のことです。
 昔の川は今よりもまがりくねっていて、堤防(1)がなかったため、大雨がふるとすぐに洪水(2)になり、はんらんしていました。
 最上川は、このような川の水のいきおいによる流れの変化や、洪水を防ぐための工事によって、今の形になったのです。
最上川の昔の流れが残されてできた、東根市にある海老鶴沼
最上川の昔の流れが残されてできた、東根市にある海老鶴沼

安全な川にするために
 大雨がふるとすぐに洪水になって、川の流れを変えてきた最上川は、「暴れ川」とよばれ、人々の生活をおびやかすこともありました。そこで人々はくらしを守るために、さまざまな工夫や努力をしてきました。その一人が、米沢城主・上杉景勝の家臣、直江兼続です。兼続は、城下町を水害から守るため、石を一つ一つ人の力で積み上げて堤防をつくりました。
直江兼続
直江兼続
資料提供 / 米沢市上杉博物館

米沢市に残っている直江石堤の一部
米沢市に残っている直江石堤の一部
石堤のつくり


 昔の人々は、川の洪水から生活を守るだけではなく、生活のために川を利用することを考えました。とくに、鉄道や自動車がなく、交通が便利でなかった時代は、船が人々の大切な交通手だんでした。
  最上川の三難所とよばれる「碁点・三ヶ瀬・はやぶさの瀬」は、川が浅くて流れも速く、船で通ることがむずかしい危険な場所でした。そのため、昔の人は岸からつなで船を引いていました。山形城主 最上義光は、ほかの地方から石切職人を集めてこの三難所を開さく(3)し、舟路(4)を完成させました。これによって、船が安全に行き来できるようになり、村山地方の米や荷物を河口の酒田まで運べるようになったのです。
山形城主 最上義光
山形城主 最上義光
資料提供 / 最上義光歴史館
三難所のひとつ 碁点(村山市)
三難所のひとつ 碁点(村山市)
はやぶさの瀬にある船引岩とよばれる岩には、船を動かすために つなを引いたあとが、今でも残っています。
はやぶさの瀬にある船引岩とよばれる岩には、船を動かすために つなを引いたあとが、今でも残っています。
三難所のひとつ 三ヶ瀬(みかのせ) (村山市)
三難所のひとつ 三ヶ瀬(みかのせ) (村山市)
最上川最大の難所 はやぶさの瀬 (村山市)
最上川最大の難所 はやぶさの瀬 (村山市)

むずかしい言葉の意味
1
堤防
川の水を安全に流すために両岸に土やコンクリートでつくったへい
2
洪水
大雨などで川の水が急に増えること。また、川から水があふれ出すこと。
3
開さく
川幅がせまい場所や、川底の地ばんが浅い場所をけずったりほったりすること
4
周路
川を利用した船の通り道


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