文字の拡大文字の縮小
ウェブ全体 このサイト内 から Google
津軽ダムについて お知らせ 見学の申込み 地域の今 地域の情報 工事状況 ダムに関する情報コーナー その他

トップページ地域情報人物紹介 > 菅江真澄(西目屋の記録 その3)

地域情報
観光情報
西目屋の自然
周辺マップ
西目屋村
縄文遺跡
人物紹介
平尾魯仙
菅江真澄
  人物紹介
  真澄と青森県
  真澄と西目屋
  名坪平の歌碑
  描いた西目屋
  西目屋の記録 その1
  西目屋の記録 その2
  ・西目屋の記録 その3
風土絵図
今日の岩木山
岩木川のいま
西目屋の記録(その3 秘境 暗門の滝)
「雪のもろ滝」より
 寛政8年(1796)11月1日(旧暦)、菅江真澄は暗門沢の奥深く入って暗門の滝を見たあと、山子(※やまこ)たちの仮小屋を探しあて、そこで一夜を過ごします。上の文は泊めてもらいたいと頼んだ時のやりとりで、こんな深山へは夏でさえ人の来るのはまれなのに、冬空の雪をわけて暗門の滝を見にくるとは、と言って、山男たちが驚きあきれたようすがわかります。
  岩木川の支流、暗門川の最上流にある暗門の滝は、第1、第2、第3の3段の滝の総称で、現在は暗門大橋から一番奥の第1の滝まで片道約1時間(徒歩)で探勝できます。

 しかし、暗門川に沿って遊歩道が整備される前は、訪れる人のまれな秘境で、誰でも簡単に行けるようなところではありませんでした。

 まして真澄が訪れたのは旧暦の11月初めで、今の暦に直すと12月半ばの冬の季節です。
山子たちの驚きはもっともなことでした。
暗門川
曲渕付近の暗門川。
川に沿って遊歩道が延びている。
暗門川上流部
暗門川上流部
暗門川下流部
暗門川下流部

  暗門の滝は上流から順に1、2、3と呼びますが、真澄は1の滝と3の滝を逆に聞いたらしく、「三の滝というのはどこであろうか。

 行くこともできず、一の滝の向こうに二の滝が落ち連なっているのをわずかに見ただけで、さらに先には進めなかった」と書いています。

 この時に見たのは第3の滝と第2の滝で、第1の滝まで行くことはできませんでした。
ただし、この2年後の寛政10年(1798)に再び暗門沢に入山し、念願の第1の滝を見ています。
第1の滝
第1の滝(42m)
第2の滝
第2の滝(37m)
第3の滝
第3の滝(26m)
  ここにあげた図絵(「山沢の図」)は、暗門の滝側から東の方向の山並みを望む俯瞰図です。上方に描かれている家屋は砂子瀬と川原平の村々。下流から上流(手前)に向かって右側から大沢、焼山の沢(茶やの沢)、石割の沢、大河の沢、小原沢、大原沢、フナギの沢、暗門の沢、ヲカイヂコ、続いて左側のほうは、かぶと沢、ひばり沢、長滝の沢、鬼河辺、柴倉、フガケと沢の名が並んでいます。

地形や山容は今と変わらないはずですが、当時、地元で呼んでいた通称などをそのまま記したのか、現在用いられている地名や沢名と異なっています。そのため、旅日記に書かれた沢の名前などから推し量って、真澄がたどった道筋を特定するのは難しいようです。
もろたき沢(暗門沢)
「もろたき沢(暗門沢)」
(『雪のもろ滝』より/秋田県立博物館蔵写本)。 図絵の右端に菅江真澄が泊まった山小屋が小さく描かれています。
山沢の図
「山沢の図」
(『雪のもろ滝』より/秋田県立博物館蔵写本)
戻る  
【菅江真澄】トップへ
このページの先頭へ

トップページ地域情報人物紹介 > 菅江真澄(西目屋の記録 その3)

トップページ | 津軽ダムについて | 工事について | 事務所情報 | お知らせ | 地域情報 | リンク | サイトマップ | お問い合わせ
Copyright © TsugaruDam Construction Work Office. All rights reserved.
用語集を開きます トップページへ戻ります