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| 平尾魯仙(文化5〜明治13。1808〜1880) |
弘前の紺屋町に住み、藩政時代末期から明治初年にわたって弘前を代表する画家で、しかも国学者でもあった。
藩内の東浜・西浜をはじめ各地の風景を探勝し、蝦夷地(北海道)に渡って、松前・箱館の生活や駐在していた外国人の風俗をスケッチするなど多彩な仕事をした。
画の本道では南画風の山水・花鳥・人物すべての達人で、多くの門人を育成した。
中でも第一の高弟は三上仙年(天保6年〜明治33年(1835〜1900))で、山水画を得意とし、弘前の明治期の画壇を統率し、なお大正期にも大きな影響を与えている。
明治14年に明治天皇が弘前ご巡幸の際、仙年の暗門の大瀑布の図が天覧に供されているので、多分魯仙の暗門紀行にも随行して、暗門の実景を観察したであろう。
−「西目屋地域生活文化調査委員長」森山泰太郎−
(「生活文化調査論文集」より抜粋) |

(県立郷土館収蔵)
季刊「Field」No.27 |
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