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古川国道維持出張所管内の名所や国道沿線の風景をUPします。ドライブの参考にどうぞ!


ひまわりの丘(ひまわり) ひまわりの丘(菜の花)

ひまわりの丘(大崎市三本木)
春先にはこのひまわりの丘が、全面菜の花畑。でも、名前がひまわりの丘なのは何故?

道の駅「やまなみ」 道の駅「やまなみ」(大崎市三本木)
物産館「やまなみ」の南側に、昭和30年代まで三本木で盛んだった亜炭採掘について、模型の坑道を使って紹介している亜炭記念館があります。 こちらも興味ある人は是非お立ち寄りを。

緒絶川・緒絶橋 緒絶川・緒絶橋(大崎市古川)
緒絶川には、平安時代、嵯峨天皇に寵愛されたおだえ姫が都を追われ、この川に身を投じたという悲恋伝説が残っています。以来、緒絶橋の名は悲恋の歌枕となりました。そばには左京太夫道雅の歌碑と、芭蕉の句碑がたっていて、姫の霊をなぐさめています。

醸室 醸室(かむろ・大崎市古川)
緒絶橋のたもとに建つ、江戸時代に建てられた酒造店の蔵や母屋を改装した商業施設。懐かしさと新しさが調和した、魅力的な空間です。大崎各地の食べ物や工芸品を販売する「おおさきうめぇもの市場」のコーナーもあり、蔵全体が大崎の物産・観光をあつめた施設になっています。

祗園八坂神社 祗園八坂神社(大崎市古川)
平安時代の天慶3年(940年)、藤原秀郷が奥州鎮定のために京都の祗園社から分霊を勧請したとされる由緒正しい社。その後、兵火にあい焼失しましたが伊達政宗公によって再建され、現在も夏に開催される祭では賑わいをみせています。

桂葉清水1 桂葉清水2

桂葉清水(栗原市高清水)
夏も冬も温度の変わらない桂葉の清水。『かつらっぱ』と呼ばれ,親しまれている桂葉清水は、『日本名水百選』に選ばれ、高清水七清水を代表する清水で、高清水地区のシンボルとなっています。

伊豆沼 伊豆沼(栗原市築館・若柳・登米市)
ラムサール条約の登録地になっている伊豆沼は、渡り鳥の飛来地として知られ、原生の自然をとどめる沼として有名。多くの生物や植物を見ることができます。

国宝・薬師瑠璃殿 薬師堂の姥杉

杉薬師双林寺(栗原市築館)
お薬師さまの名で親しまれる古刹。国宝・薬師瑠璃殿(写真)は寛政年間の建築とされ、釘を1本も使わず、くさびでしめてあるのが特徴です。本尊の木造薬師如来坐像は欅材1本の丸彫りで、現存の木造仏としては東北最古級といわれ、国の重要文化財に指定されています。
また、境内には樹齢1200年を越える「薬師堂の姥杉」(写真)があり、高さ34m、幹囲9mを誇る巨杉は、県指定天然記念物となっています。

伊治城 伊治城(栗原市築館)
767(神護景雲元)年、律令政府により宮城県北部の支配を強め、さらに岩手県北上川中流域に勢力を拡大するため、その拠点として伊治城が建設されました。
伊治城跡は、創建年代が正史に記されている数少ない古代城柵。発掘調査で政庁跡や多くの建物の存在が明らかになっています。

旧有壁宿本陣 旧有壁宿本陣(栗原市金成)
旧有壁宿本陣は、元和五年(1619年)に奥州道中の宿駅として創設され、参勤交代制度が確立後は、松前・八戸・盛岡・一関の藩主や各藩重臣が通行の際に宿泊した場所として知られています。
現存する建造物は、延享元年(1744年)に改築されたもので、道路に面して2階建長屋があり、そのわきに御成門がたっています。藩公や幕府、各藩重要役人が利用した御成門は、明治9年と明治14年に明治天皇が出入りされて以来、現在まで堅く閉じられ、諸人の利用が禁じられています。藩主たちが利用した「上段の間」は、その名の通り、床がほかの部屋よりも一段高く、造りは典型的な書院造り。こうした典型的な書院造りがみられるのは東北ではここだけです。
昭和46年5月に主要街道の貴重な遺構として、国の史跡に指定されました。

栗駒山 栗駒山
標高1,627メートル、宮城・岩手・秋田の三県にまたがる栗駒山は円錐状の裾野をもつコニーデ型の休火山です。山頂付近には150種に及ぶ高山植物が群生し、見事な景観のお花畑をなしています。
春は新緑や市営深山牧場の放牧、夏は登山やキャンプ、秋は紅葉、冬はスキー。そして、一年を通じて楽しめる温泉は多くの湯治客が訪れます。

山神社 山神社(美里町)
藩政時代から安産の神様として東北地方に広く知られ、七五三・どんと祭では多くの参詣の人々でにぎわい、美里の象徴的存在になっています。周りには、”産声の道”という遊歩道も整備されています。

姉歯の松 姉歯の松(栗原市金成)
伊勢物語に歌われ、平安朝物語文学では、みちのくの枕歌とされています。さらには、芭蕉の「奥の細道」にも記されています。
〜姉歯の松の伝説〜
むかし、天皇が全国から「女官」を選んだ時、陸奥の代表になったのは三陸の高田の里武比長者の娘、朝日姫でした。都へ向かう船旅の途中嵐になり、船を降り陸路で旅をすすめましたが、嵐の船酔いが尾をひき、姉歯の里にたどりついたところで、朝日姫は都にあこがれながら息を引き取ってしまいました。その後、妹の夕日姫が代わりに都にのぼることになり、旅路の途中で姉歯の地に立ち寄り、姉の墓に線香をあげ、岩蔵寺という寺を建て、墓に松の木を植えて墓じるしとしたとされています。

志波姫神社 志波姫神社(栗原市志波姫)
志波姫神社はもと伊豆野権現社と称し、築館源光から江戸時代初期の伊豆野堰開削と同時に現在地に移されました。江戸時代初期の建築で、県の重要文化財に指定されています。

 

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