岩手県宮古市は、太平洋側に面しリアス式海岸の変化に富んだ美しい自然があり、東北を代表する観光地です。
宮古維持出張所が管理する国道45号は、リアス式海岸独特の急勾配や急カーブなど起伏の激しい地形の中を通過していて、決して走りやすい道路ではありませんが、三陸沿岸の唯一の主要幹線道路であり、「社会・経済活動」「救急医療活動」など、私たちの暮らしを支える道路として重要な位置づけを担い、地域発展に重要な役割を果たしています。
現在の国道45号は、昭和38年に国道として改築工事に着手しましたが、当時の技術でも三陸地方の地形の中での工事は難しく、約10年もの歳月をかけて完成されています。
では、「国道として工事が行われる前は、いったい誰が三陸沿岸地方に道を作ったの?」と疑問に思われると思います。
その昔、道路整備は古くから幕府や藩主、領主によって行われてきましたが、地方では新しい道路を作ったり、改修にあたることも少なかったと言われています。しかし、三陸地方の「道」の重要性に着目し、自ら先頭に立って道路開削に生涯をかけた人物がいます。その名を、「牧庵鞭牛」といいます。現在の三陸沿岸地方が発展しているのも、この人物の開削があったからと言っても過言ではありません。
そこで、三陸沿岸地方の道路の歴史を築いたと言える、「牧庵鞭牛」の足跡をたどってみましょう。 |
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| 牧庵鞭牛(ぼくあん べんぎゅう):1710〜1782年 |
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