国道49号の歴史 

猪苗代地区舗装工事写真
写真:猪苗代地区舗装工事
(昭和39年〜昭和41年)

会津若松出張所
写真:設置当時の会津若松出張所

藤トンネル工事東坑口
写真:藤トンネル工事(東坑口)
(昭和43年)

 現在の国道49号は、昭和27年6月に改正された道路法により、当時福島県が県道として整備していた二本松街道(会津若松市から二本松市)、越後街道(会津若松市から新潟県)、磐城街道(郡山市からいわき市)を福島県と新潟県が整備、管理するものとして、昭和28年5月二級国道115号新潟平線(新潟県新潟市から福島県平市[現いわき市]間)として指定されました。
 昭和37年5月の一級国道の路線の見直しにより、二級国道115号新潟平線は、一級国道49号(福島県平市から新潟県新潟市間)に昇格し、国(当時の建設省[現国土交通省])が整備、管理することとなりました。
 ※二級国道115号は、相馬猪苗代線として、現在の国道115号が指定されました。
 その後、昭和40年4月に改正施行された道路法により、一級国道49号から一般国道49号に路線の名称が変えられ、現在に至ります。
 
 
会津若松出張所の歴史 
 昭和30年代当時、建設機械等が発達していなかったため、道路整備は人手によるところが多く、工事にはかなりの年月と労力が必要でした。
 このため、当時の建設省では、重点工事箇所にあわせて出張所の新設、廃止が行われていました。
 国が整備、管理することとなった国道49号は、福島県が重点整備を行なってきたとはいえ、未舗装箇所や峠道も残っている状態でした。
 当時、最大の難所であった猪苗代町から会津若松市間の滝沢峠の改良を行う事業として、当時としては大事業の滝沢バイパスが事業化され、会津若松出張所は、滝沢バイパスを含む国道49号猪苗代町から西会津町間の整備と管理を担当する出張所として、昭和39年4月に会津若松市郊外の滝沢バイパス終点部の現在の場所に設置されました。
 ※昭和39年3月以前は熱海出張所が担当し、会津若松出張所設置と同時に熱海出張所は廃止されました。