事業の歴史


江合・鳴瀬両川の直轄工事着手

1921〜1941

 江合川・鳴瀬川の改修は、大正2年9月、宮城県において臨時治水調査会を設定し、大正3年度より事業実施の計画であったが、実際には大正6年〜9年度まで国庫補助事業によって宮城県が実施。これが本格的治水事業の始まりであった。
 大正10年より内務省直轄工事として実施されることとなり、同年10月に「江合鳴瀬両川改修事務所」が開設。大正11年10月には起工式が挙行された。
 吉田川の治水計画は鳴瀬川の逆流を防止と水害防除のため品井沼と吉田川を分離し、新たな掘削築堤によって合流点を鳴瀬川河口から1.4km付近とするほか、品井沼は鶴田川水系として別水系にし、吉田川と立体交差の上、高城川に流下させるというもので、当時の改修計画による吉田川の計画洪水流量は560㎥/sであった。
 一期改修は大正12年度より下流部の築堤掘削に着手し、昭和15年度に完成。二期改修は昭和10年代から20年代に頻発した洪水により抜本的な計画改訂を実施し、計画洪水量は1,200㎥/sとなった。

■吉田川サイフォン
昭和8年2月着工、昭和9年3月竣工
管体長103.8m、内法高3.0×幅2.6mの7連ボックス、RC構造吉田川改修計画の見直しにより昭和26〜27年度で延長継足を実施。(最終的には延長150.8m)

鳴瀬川吉田川背割堤


新江合川開削

1933〜1957

 江合川は鳴瀬川と共に、宮城県随一の米産地、大崎耕土を潤してきたが、古くから洪水による被害も多く、早くから早急な抜本的改修事業が待たれていた。
 江合川の当初の改修計画は、旧北上川の洪水流量を減少させるために新江合川を開削し、江合川の計画高水流量1,030㎥/s全量を鳴瀬川に分流させるものであり、新江合川の開削工事は昭和8年着手。
その後、カスリン・アイオン台風による大出水を契機に計画高水流量は江合川2,000㎥/sと決定され、新江合川の流量は同川の開削工事の進捗と鳴瀬川の容量から500㎥/sとなり、後に鳴子ダムの洪水調節増加に伴い、昭和28年江合川の計画高水流量は1,100㎥/s、新江合川は300㎥/sに決定された。
 新江合川の延長5.2kmにわたる開削工事は、昭和29年に掘削築堤が完成し、32年には流頭工が竣工。昭和33年8月、新江合川の通水が実施された。

新江合川

河道の安定と取水位の確保

1982〜2003

 鳴瀬川は流域の洪水に加えて江合川の洪水を新江合川を通じて受け入れ、安全に流下させる計画になっており、この計画に基づいた「鳴瀬川中流部改修事業」の方針は、鳴瀬川の堤防強化を図ると共に、江合川の洪水の一部を受け入れ、かつ安全に流下させるために鳴瀬川の水位を低下させるための河道掘削を行うことである。
 この河道掘削に伴い、河床の安定及び取水位の確保が必要となることから、これまで3つの堰(鳴瀬堰・鳴瀬川中流堰・桑折江堰)を建設。
 更に、洪水の常襲地区(鹿島台・大郷・松島町)において再度洪水により氾濫した場合にその拡大を防ぎ、被害を最小限にとどめるため「二線堤」の建設事業も進められている。
 また、洪水の安全な流下に最も重要な施設である堤防は鳴瀬川水系の国土交通省管理区間82.4kmのうち、堤防の必要延長は左右岸で151.9kmとなっており、厚みや高さが不足している弱小堤防地区における工事も実施された。

鳴瀬堰は河道掘削に伴い河床が低下することから渇水時の塩水遡上防止のため、鳴瀬川の下流4.8km付近に設置された。

鳴瀬川中流堰

鳴瀬川中流堰及び桑折江堰の整備によって河道掘削後も鳴瀬川の河床安定と鳴瀬川から取水している農業用水の安定した確保を図ることができる(写真は桑折江堰)

■仙石線 鳴瀬川橋梁改築工事
鳴瀬川中流部改修事業に伴い鳴瀬川・吉田川橋梁(JR仙石線)をそれまでの位置から約200m下流に別線改築工事を行った。
経済性、施行性、騒音、工期、景観等を考慮し、曲げモーメントとせん断力に対する抵抗が合理的な構造となっている「PCフィンバック橋」が採用された。

激甚災害対策特定緊急事業

1986〜1990

 昭和61年8月4日〜5日にかけて台風くずれの低気圧により吉田川流域では流域平均300mmを超える降雨となった。このため吉田川では4箇所で破堤氾濫が発生。もはや堤内堤外の区別が判然としないほどの惨状は、かつての品井沼を再現するかのようであり、約6,000haに広がった水は10日間にもわたって冠水した。水稲・家屋等の被害総額は190億円にも及んだ。これを受けて吉田川は昭和61年度から「直轄河川激特事業」に指定された。
「激特事業(河川激甚災害対策特別緊急事業)」は、洪水により激甚な災害を受けた地域について一定の改修計画に基づき、一定期間(5ヶ年程度)で緊急的に河川を改修し、再度災害を防止することを目的に昭和51年度に創設されたものであり、吉田川においては激甚な災害を受けた地域の再度災害防止のため、堤防の越水破堤状況、一連区間での被害状況、左右岸の整合性から吉田川左岸中流区間約12.6km、吉田川右岸中流区間約14.4kmにおいて事業を実施することとなった。
 事業実施計画としては吉田川改修計画と整合性をとりながら昭和61年8月出水規模の洪水が再び発生してもこれを安全に流下させるため、堤防の嵩上げ・腹付け・河道掘削等を実施し、河川の安全度を上げ、再度災害を防止するというものであった。

水害に強いまちづくり事業

1990〜

「水害に強いまちづくり事業」とは、昭和61年8月の吉田川の洪水により大きな被害を受けた地区(大崎市鹿島台・大郷町・松島町)において、再度の被害を防止し被害を最小限にとどめるための「二線堤」、緊急用資材置場、水防活動拠点、周辺住民の避難地としての機能を持つ「水防災拠点」等の施設を総合的に整備する事業である。

鳴瀬川中流部緊急対策特定区間事業

2005〜

 宮城県北部低平地域を流れる北上川や鳴瀬川など流域全体の治水安全度の向上を図るためには、旧北上川分流施設の整備完了による北上川から旧北上川へのゼロ分派の実現に加え、江合川から鳴瀬川への分派量の増大を図ることが必要となる。
そのため、江合川(新江合川)からの分派量増に先立ち、鳴瀬川の治水安全度の向上を図り、鳴瀬川中流部の河道掘削及び堤防拡築を集中的・効率的に行うことを目的に事業を実施するもの。

計画概要

着手年度:平成15年度〜平成24年度
計画諸元:河道掘削・堤防拡築
実施場所:遠田郡美里町・大崎市鹿島台・東松島市

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吉田川床上浸水対策特別緊急事業

2007〜

平成27年9月関東・東北豪雨により、吉田川において甚大な被害が生じました。 これを踏まえ平成28年11月に変更した鳴瀬川水系河川整備計画に基づき、平成27年9月関東・東北豪雨と同規模の洪水に対し吉田川上流部において床上浸水被害を解消するため、遊水地群の整備や河道掘削・築堤整備を行います。

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大規模災害関連事業

2019〜

令和元年10月台風第19号により、鳴瀬川水系吉田川では、堤防決壊、越水、溢水により事業所、家屋等の浸水等、甚大な被害が発生しました。この災害に対して、関係機関が連携しとりまとめた「吉田川・新たな水害に強いまちづくりプロジェクト」を踏まえ、国・県が連携し、築堤、河道掘削等の治水対策を概ね5年で実施します。

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