北上川学習交流館「あいぽーと」
 
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北上川の歴史 北上川の水害 北上川の治水 舟運の歴史

 北上川流域では、記録が比較的残っている江戸時代(1600年)以降、おおよそ400年間に334回の水害が起きています。江戸時代約270年間には213回、明治期以降1960年(昭和35年)までの93年間には116回の記録が残されていますが、それ以降は洪水被害軽減対策が進んだこともあり、急激に減少しています。

 洪水の発生場所は、北上川中流部(狭窄部上流)が最も多く、ついで胆沢扇状地、江刺地方など北上川本流・胆沢川・人首川流域、そして宮城県内の下流部と続きます。

<北上川流域の洪水の被害特性>

  1. 堤防が破壊されて大きな被害を与える。
  2. 本川の洪水か支川に逆流したり、支川の排水ができなくなり氾濫する。
  3. 増水した水はいっこうに減水せず、農作物に大きな影響を与える。

水害発生地域の分布
水害発生地域の分布
(1600〜1995年)
流域に大きな被害をもたらした主な水害
(1)
明治43年(1910) 8月、9月
 

 8月、前線が停滞するなか2つの台風が接近したため、北上川流域は、暴風雨や大雨が連日続き、特に宮城県下では死者320人、流失家屋357戸という著しい被害が出ました。さらに9月は、台風と前線によって、北上川、江合川が大洪水を起こしたうえに、雨域の中心が岩手県北西部にあったために、中津川が氾濫し盛岡市では甚大な被害を被りました。この洪水がきっかけで、明治政府は北上川改修工事に着手することとなりました。

盛岡市中ノ橋付近の様子
(2)
昭和22年(1947) 9月 カスリン台風
 

 秋田沖から北海道中部に至る低気圧の影響を受けて、6日頃から断続的に雨が降り続いていたところへ台風が北上し、さらに温暖前線が強くなったため、15日から豪雨となりました。12日から15日までの降雨量は岩手山429.6oを最高に、各地とも200oを超える大雨となり、一関市を中心に大氾濫を起こしました。一関市狐禅寺では16.89mという水位(警戒水位は7.0m)を記録し、観測史上最大の洪水となっています。宮城県下では、中田町の大泉堤防が250mにわたり決壊し、3町5村が濁水下に沈む大被害となりました。北上川本川と支川を含む一帯では、死傷者109名、流失家屋263戸の被害をもたらしました。

カスリン台風(一関市)
(3)
昭和23年(1948) 9月 アイオン台風
 

 カスリン台風による復旧が十分終わらない一年後の9月に、カスリン台風よりもさらに大型のアイオン台風に襲われました。台風による豪雨は宮城県より岩手県にかけ帯状をなし、特に岩手県一関市の被害は甚大でした。北上川支川の磐井川では2時間に6mという水位上昇を示し、一関市街地では磐井川の土石流によって500名を越える人命と1,000戸余りの家屋が消失しました。濁流は床上2.5mにも達し、湛水は28時間に及んでいます。また、北上川支川の迫川で、栗駒水源地の雨量が460oを記録し、迫川などの氾濫・堤防決壊によって、大きな被害を出しました。

アイオン台風(一関市)
(4)
平成10年(1998) 8月
 

 東北地方に停滞した前線により大雨が降り続き、大規模な洪水が発生。岩手県南部の一関市や川崎村を中心に大きな水害が発生し、床下浸水家屋345棟、避難者数176人、農地冠水2,722haと各地に被害をもたらしました。

市街地の浸水状況 農協から避難する人々
(5)
平成14年(2002) 7月
 
 台風6号が岩手県に再接近したため、東北地方に停滞していた梅雨前線が活発化。岩手県内ほぼ全域に大雨をもたらしました。一関狐禅寺では最高水位13.51mを記録し、戦後3番目(カスリン台風16.89m、アイオン台風14.89m)の洪水となっています。岩手県内では、死者2名、負傷者9名、建物全半壊14戸、床上浸水1,122戸、床下浸水2,648戸、宮城県内では、死者1名、負傷者3名、建物全半壊3戸、床上浸水541戸、床下浸水2,874戸と、甚大な被害状況となりました。
花巻市豊沢川合流点付近
一関遊水地
川崎村砂鉄川合流点付近
東山長坂地区
北上川学習交流館「あいぽーと」
〒029-0131  岩手県一関市狐禅寺字石ノ瀬155-81
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