昨年、日本の食糧自給率がカロリーベースで四割を割ったと、
日々の喧噪(けんそう)の中で小さく報道されました。
これは、私たちの食事の六割が外国からの輸入でまかなわれているということです。
東北地方では、明治初期まで冷害や干ばつなどの自然災害によって凶作となり、
たびたび飢饉が起こっていたと言われています。
もし今、凶作になったとしたら、
私たちの食糧はだいじょうぶなのでしょうか?
今回は、胆江地区の飢饉の歴史を振り返り、
先人の苦悩と、生活の知恵について考えてみたいと思います。


 


ほうれき   てんめい   てんぽう  
宝暦 天明 天保 年間の
「三大飢饉」が語る飢餓の悲惨さ
 東北地方、特に南部藩領だった岩手県北部地域や胆江地区内の道ばたには、時々無縁仏とおぼしき墓標(ぼひょう)を目にすることがあります。それらの中には、その昔、飢饉の際に道ばたで行き倒れとなった人を葬った墓標だと、地元に伝えられているものもあります。
 そもそも「飢饉」とは、冷害や干ばつ、洪水などの自然災害によって作物がとれなくなり、人々の生活に必要な食物や物資が不足して飢え苦しむことを言います。
 明治時代以前の東北地方では、数年に一度の割合で凶作の年があったことが、歴史文献から分かります。そして、中でも宝暦(1750頃)、天明(1780頃)、天保(1830頃)の飢饉はとても悲惨で、仙台藩の『三大飢饉』として語り継がれてきました。


●天明飢饉図集(仙台市博物館蔵)
登米郡佐沼地方の悲惨な飢饉の状況を描いた絵図
口に入るものなら何でも食べた
ときには飼犬や死人の肉までも…
 胆江地区でも、「牛馬の肉を食するのはふつうで、人肉を食する者さえあり、老母の死体を五百文で売買し、嬰児(えいじ)を食う母親もあり…(胆沢町史より)」や「…幼き者の手を取り、老いたる親か母かとおぼしき者連れ立ち、さまよい行く姿、哀れなり。道具、身のまといの物一つ一つを売りて次第に食い果たし、ついには、ここかしこに倒れ伏し、飢えて死するこそ哀れなり。(天明三年・衣川村馬懸鈴木家所蔵文書/胆沢町史より)」といった記録が残されており、飢饉の凄惨(せいさん)な状況がこれらの文献からもうかがい知ることができます。
 三大飢饉が東北を襲った藩政時代、仙台藩領だった胆江地区は、飢饉に対する備えや政策が比較的整っていたため、南部藩と比べると餓死者はあまり出ませんでした。むしろ、食糧を求め胆江地区に多数流入し、息絶えた南部藩領の人が多かったようです。胆江地区に残る飢饉のための供養塚は、むしろそのような人たちの物が多いのかも知れません。

 

若柳惣之町(そうのまち)阿部家に伝わる文書に残された記録に見る、人数と軒数の推移
「『安永風土記』記載百姓屋敷調べ」より
洪水、日照り、冷害などによって
起こる凶作が、飢饉の元凶
 飢饉は、地方によっては「飢渇(けかち)」とも言われ、古くから恐れられてきました。
 そもそも飢饉は、水害や干魃、冷害などによって凶作となり引き起こされますが、凶作の年だからといって餓死者が必ず出るということでもありません。
 農作物の作況状況を示す目安としては、平年作と比べて、
 四分の一減程度は…不作
 二分の一減程度は…凶作
 四分の三減程度は…大凶作
 それ以上のときは…飢饉とされていました。
 東北地方は、「やませ」というこの地方特有の冷たい東風が吹くため、多くの凶作は冷害によってもたらされることが多かったようです。しかし、その他にも凶作は、洪水や日照りによる干ばつ、病虫害など、あらゆる気象の悪条件が不作をもたらし飢饉へとつながっていったのです。
生きのびるために考案された
数々の食糧備蓄や保存の知恵
 幾度もやってくる飢餓の恐怖。昔の人は、凶作と戦いながら懸命に生き延びようとしました。昔は、現代のように冷蔵庫や防腐剤のような長期保存できる技術はありませんでしたが、様々な知恵と工夫によって保存技術や飢饉食法が編み出されていきました。そして、それらは漬物や干物のように、今日の私たちの食生活の中にも生かされている知恵なのです。また、品種改良や作付け時期の調整、土木工事によるかんがい整備など、自然環境が変化して安定した収穫を得られるための努力も怠りませんでした。それでも、不作となった場合を想定して、救貧や救荒の備蔵(そなえぐち)、郷蔵(さとぐら)および郷倉などといった各家々や地域単位で飢饉に対して備蓄していました。さらには、『救荒略(きゅうこうらく)』、『民間備荒録(みんかんびこうろく)』などといった、山野草の食べ方や備蓄の仕方などを細かく解説した、飢饉対策用のマニュアルも作成されていたと言います。
 今日の私たちの暮らしはどうでしょうか。もしも今、食糧危機が起こったら、あなたは生き残れますか。かつて、私たちの先祖が懸命に生き延びた足跡、そして数々の生活の知恵を、大切な財産として学ぶと共に、後世に伝えていかなければならないと思います。
 

 ●備荒録(仙台市博物館蔵)
 飢饉に備えるためのノウハウが記された
 備荒録は、各地で出版されている。

【参考文献】
「胆江地方の歴史」佐嶋輿四右衛門著・「江刺の歴史物語」佐藤幸一著・「金ヶ崎町史」金ヶ崎町発行
「前沢町史」前沢町発行・「胆沢町史」胆沢町発行・「江刺市史」江刺市発行・「水沢市史」水沢市発行