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1.はじめに
地方都市における中心市街地再生が、中心商店街振興ではすまない都市そのもののあり方を問う課題であることについての認識は深まりつつある。が、都市計画や住宅政策の計画課題としてはなお模索中である。全国の自治体において、それぞれに総合計画、都市マスタープラン、住宅マスタープラン、中心市街地活性化基本計画、など、都市政策に関わるさまざまな計画が重層的に策定されているものの、それらによって具体的な都市像を描き出すことやそれに対する市民の合意形成が進んでいるか、ということになるとおぼつかない。ブラジルのクリティバ市が、「サステイナビリティと市民参加を日常生活の基本原則とし、環境に最も高い優先順位を与えた1)」ことは、よく知られるようになったが、わが国ではまだ具体的な筋道が見えているとはいえない。
地方都市のほとんどは、周辺を広い田園地帯や山林などに取り囲まれている。そしてこの周辺の自然環境を突き抜けるような広域連携が大きな課題として取組まれている。それほど規模の大きくない地方都市は、それぞれの蓄積を連携することによる相乗効果が期待されており、広域連携インフラの要求は大きい。とはいえ、広域連携軸としての交通インフラをこれまで以上に必要とするのであれば、既成市街地の成り立ちを既存インフラの有効活用と改善のもとに修正する必要がありそうである。限られた財源・資源のもとで広域連携施策と市街地拡大の都市計画思想は両立しないからである。しかし、現実には市街地の交通渋滞を回避するためにつくられるはずのバイパスが、地元では開発の呼び水として期待され、あっという間に沿線型開発が進み、それが中心市街地の衰退に拍車をかけるという悪循環に陥ってきた。各地で展開されている国や都道府県の公共事業評価委員会で、進行中あるいは計画中の公共事業の見直し評価が行われているが、例えばバイパスのような計画について、道路のB/C評価では完成後の沿線土地利用が想定されていないから、このような問題についての議論が素通りになりやすい。私が関わっていた評価委員会では、当該地域における総合計画や都市マスタープランなどでどのような計画が構想されているかを評価の事項に含めるべきであると主張してきた。
そんな中で東北地方建設局(現東北地方整備局)において、「未来都市検討委員会」による「コンパクト・シティ」の提案がされた(1997年3月)。それは広域連携や中心市街地再生の課題を追求するなかで、その前提となるもっとも有力な都市像がコンパクト・シティではないか、という見通しをもつにいたったからである。その後、「コンパクト・シティ」の考え方を土台にした「街なか居住研究会」を継続していて、2000年3月には「コンパクトな都市づくりをめざして−東北地方におけるコンパクト・シティ」を刊行した。その後も東北6県を対象にした、各種計画群の整合性に関する調査、街なか居住に関する調査や各県の都市計画担当者などとの懇談会を実施してきた。
本稿はそれらの経過や議論を通して得られてきた知見に基づいて、筆者自身の考え方を示したものである。中心市街地再生をテーマにしながら、コンパクト・シティについての考察になっているのは、これらの事情のためである。
2.コンパクト・シティの多面的な意義
コンパクト・シティの提起は単なる物的なあり方としてのコンパクト性を提案しているのではない。そこには戦後半世紀以上の間、積み重ねられてきた都市思想に対して次のような根底的な問いかけを包含させている。
(1)これまでの自然や環境に対して敵対的であった都市の姿やその政策を根本的に修正するものである。(2)自律的な地域社会の再生、新たな社会システムを投影した都市の姿をも視野に入れる。(3)周辺の農村地域との豊かな連携のもとに成り立つものである。(4)モータリゼーションを前提とした都市のあり方からの軌道修正を迫るものである。(5)複合的な土地利用や高密度な土地利用を促進することは、一定のルールや原則に基づいていれば都市の活気や賑わいの姿になる2)。
著名な建築家であり、ロンドンやベルリン・上海などの総合計画プロジェクトを手がけてきたリチャ−ド・ロジャ−スはコンパクト・シティについて次のように言っている3)。
「都市の生態系と、経済、社会が都市計画の中に織り込まれない限り、環境的にサステナブルな都市は存在しえない」、「統合的な計画を施すことによって、エネルギーを効率化し、資源消費を減らし、汚染を減少させ、周辺郊外へのスプロール化を回避させるような高密な都市をデザインすることができる」、「コンパクト・シティは、密度のある社会的な多様性をもった都市であり、そこでは経済的・社会的活動が重なり合い、近隣界隈のまわりにコミュニティの焦点ができる。・・・コンパクトで複合的なまちづくりのやり方が複雑さを抱え込むのだとするならば、ゾーン分けをするやり方はそれと真っ向から対立するものであり、都市を過度に単純化された街区群に区分けして、運営のしやすい法的・経済的なパッケージ群を作っていくやり方である」、「現代のコンパクト・シティを創造するためには、単一機能による開発と車による支配を否定しなければならない。課題は、コミュニティが栄え、流動性の高い都市をどのようにデザインするかということである」。
コンパクト・シティについて、具体的に課題に接近する前に、われわれが共有できる基本的な視点を確認することができるように思う。
3.コンパクト・シティの計画課題
(1)都市計画区域と土地利用計画
コンパクト・シティは都市の土地利用のあり方を根底から再考させるものである。これまでわが国の都市計画は土地利用の純化を前提にして用途地域制を運用してきた。現実の場面では、市街化区域内における混合的な土地利用地区の存在は、市街化区域の見直しのたびに、これを純化することを想定した市街化区域拡大の算定根拠にされることが多かったのである。しかも混合的な土地利用地区を純化する都市計画技術がその地区に適用されることがないままに、次の線引きの時にもまた市街化区域拡大の算定根拠として繰り返し採用されてきたこともあった。このような市街化区域の設定の仕方や純化を目標とした土地利用の考え方についてはあらためて見直されてきているものの、伝統的な土地の所有形態や所有権優先の考え方が横たわっていて、なかなか複合的あるいは共同的な土地利用は実現できていない。具体的にいえば、わが国ではたとえ中心市街地であっても、可能ならば戸建て庭付き住宅が求められ、街なか居住の合理的な姿としての集合住宅にはなお抵抗がある。まして近郊に広大な農村地域を控えている地方都市では、わざわざ中心市街地の集合住宅でなくても郊外に宅地開発さえすれば安価に戸建て住宅が手に入るではないか、という考え方が大勢を占めてきた。都市は人々が集まり住み、新たな出会いや協働の活動を経験できるところに大きな魅力があるはずである。このことを抜きにしたら、都市の賑わいや都市の魅力は半減してしまう。コンパクト・シティは、こういう都市の姿を実現するための合理的で、なおかつヒューマン・スケールの土地利用のあり方を前提にしている。計画課題としては、このような中心市街地の土地利用の姿=中心市街地像の合意形成の方法論を確立することではないかと思う。
(2)都市交通
1960年代以降の本格的な車社会の出現は、わが国の都市のあり方や人々の生活を根本的に転換させた。さきのリチャード・ロジャースはサンフランシスコで実施された調査について次のように紹介している。「街路におけるコミュニティ感覚の強さは、通過交通量と逆相関している・・・この調査研究は、都市の交通こそが、都市居住者の疎外の根本原因であり、現代の市民性を崩壊させる核心であることを、指弾している」4)。大量公共交通インフラ整備が大都市に比べて、はるかに遅れている地方都市は一気に車依存の地域が形成されていった。そして、そのことが中心市街地空洞化の要因になっているし、人々の交通手段の選択幅を狭め交通弱者を生み出す一因ともなっている。車社会が資源・環境問題をもたらしていることはいうまでもない。にもかかわらず、地方都市は今日なお車社会真っ只中である。
ポートランドにおいて取り組まれてきたTODが注目されているが、これに対比するとわが国の地方都市は全く逆の開発が進められてきたことがわかる。つまり、それぞれの地域におけるJRなどの鉄道網と都市計画がほとんど連携していないのである。70年代以降の地方都市における郊外住宅地開発は安い土地を求めて、わざわざ鉄道網のない丘陵地や山林を求めていった。それによって、既存幹線道路は新たな交通負荷を背負い、鉄道インフラはますます客離れが進み、中には無人化してしまう駅が出現した。首都圏や近畿圏における主要な私鉄では鉄道沿線に住宅地開発を行い、それによって鉄道利用者も確保するという、言ってみれば当たり前の連携が行われている。しかし、地方都市におけるJRなどの鉄道網とその沿線などの状況は、今日まで都市計画と公共交通体系との連携があまり意図されてこなかったことを示している。車の利便性を全く否定するつもりはない。道路交通におけるバスなどの公共交通手段と自家用車、自転車の役割分担、そして軌道系交通手段との連携を都市計画の中でもっとも重要な課題の一つとして位置づけるべきである。
(3)コミュニティ再生
これまでの都市計画、地域づくりにおいて「公共」と「市場」という二つのセクターがその役割が担ってきた。ここ20年ほどは民間活力導入とそのための規制緩和が地域政策や都市政策の大きな柱になり、「市場」に大きくシフトしてきているのが今日の姿である。この「市場」は、巨大な資本系列化やグローバリゼーションを背景に、これまでの地域経済の枠組みを大きく突き動かしてきた。一方「公共」は、その全国画一的な運営がいわゆる「護送船団方式」として批判されるとともに政治的な不明朗さの温床になったり、環境共生や市民参加の思想とは相容れないプロセスを強行するなど、その改革を余儀なくされており、行財政改革の課題として見直しが迫られている。つまり、これまでの「公共」と「市場」という二つのセクターだけで地域づくりを担うことには限界があり、地域住民や地域資源、それらの総体としての地域社会の共同的・自律的な力をいかに見い出し、発揮するかが大きな分岐点になりつつあるといっても過言ではない。そこで、人・モノ(金や資源)・コト(事業、伝統、文化など)が地域社会を支え、循環するシステム(これを自律性と呼んでおく)が重視されるようになってきているわけである。そして新たな地域社会・コミュニティのあり方が求められているということができる。イギリスの都市再生の基本的なコンセプトに"Capacity
Building"が1998年以降登場する。一言でいえば、コミュニティの地域管理能力を高めようというものである。コミュニティのあり方について新たな展開が進められてきている。コンパクト・シティはいわば、こういうコミュニティ再生とともに、環境や資源のフロー型、浪費型のシステムからストック型、循環型のシステムへの転換を内包した都市や地域社会の考え方である。
(4)街なか居住
さきの「街なか居住研究会」ではコンパクト・シティの最も重要な課題の一つとして街なか居住を位置づけ、その必要性や可能性についての検討を進めてきた。その一環として2000〜2001年度に東北6県の全63市に対して、都市MP、住宅MPそして中心市街地活性化基本計画(以下「活性化計画」と略す)の関連性に関する調査を行った。それらの計画が街なか居住や中心市街地活性化を整合的に位置づけているのかどうかを分析することがねらいであった5)。
自治体におけるこれらの計画群の実効性は、それぞれの計画を実施する体制にかかっていることはまちがいない。しかし、現在の地方都市や地域社会の状況は、都市のあり方や地域社会のあり方についての包括的な認識が求められている。これらが前提になければ、「はじめに事業ありき」で、それぞれの事業間で齟齬を生じてしまう可能性の大きかった従来型の都市行政を克服することは難しい。したがって、今日自治体による膨大な計画群が包括的な都市思想と都市行政のもとに展開されているかどうか、その方向を明確にするためにはどうしたらよいか、などの問題意識も、この調査の背景にあった。
さて、街なか居住について、この調査の結果についての概観してみよう。
【都市MP−策定都市数38】
市街地整備の方向性として拡大基調の計画内容になっている市は約半分を占めており、そのほとんどが人口規模10万人以下の市である。人口が増加している仙台市など各県の主要都市では市街地抑制を基本としつつ、一方で市街地拡大を見込んでいる。この都市MPで街なか居住を課題としている都市は約3割、20万人以上の都市ではほとんどである。しかし、10万人以下の小都市では街なか居住についての取り組みはあまり見られない。
【住宅MP−策定都市数25】
街なか居住を課題としている都市は全体の60%、やはり人口規模の大きい都市での取り組みが目立つ。人口が増加している都市での取り組みも目立つが、街なか居住に取組んでいない小都市ではいずれも人口が減少している。
【活性化計画−策定都市数45】
街なか居住について具体的な事業を明示している都市が10市、計画に示されているが抽象的段階にとどまっているものが26市、記述がないものが9市となっている。街なか居住は8割の自治体で中心市街地再生の課題として位置づけられている。
これら三つの計画を横並びにしてみると、県庁所在都市などの主要都市の大半は、街なか居住を住宅MPでも活性化計画でも位置づけるとともに都市MPで市街地拡大を抑制するという整合性があるが、中小都市の多くはなお、市街地の拡大基調を追求しながら、街なか居住については揺れ動いている状況になっている。
つまり、都市政策としての都市像、それにもとづく市街化区域のあり方や街なか居住のあり方が整合的にとらえられているとはいえない状況が見てとれるのである。
20世紀後半、わが国では60年代以降続いた高度経済成長が、地域計画や都市計画そして住宅政策にも大きな影響を及ぼした。端的にいえば、スピードとスケールを競う思想が政策や計画を引っ張ってきた。ほとんど全ての自治体が市街地拡大を都市の発展と考えてきたし、人口増加が地域の発展であると期待してきた。地方都市ではなおさらであった。市街地が空洞化し、街なか居住が計画課題として議論されることはあっても、広大な市街地縁辺の農村地帯を控えている地方自治体では庭付き一戸建て住宅の「開発予備地区」が拡がっているだけに、わざわざ街なか居住を政策の日程に載せようという動機は鈍い。
一方、街なか居住は狭小過密居住、併用住宅などの用途混在、世帯分離、借家から持ち家所有へ、そして商業機能や医療福祉・教育施設などの郊外化にともなって、
どちらかといえば不安定な状況に直面させられてきた。
そして現在、東北地方の中小都市でも新たな街なか居住還流の動きが出てきている。人口9万5千人ほどの米沢市の中心に建設されたマンション(19戸、最多価格帯2100万円、74m2)では1階に店舗と福祉サービスを提供するNPOを入れ、「安心生活型分譲マンション」として売り出したところ、すぐに完売したという。人口36万人のいわき市では、今も地域振興整備公団が開発を続行している郊外住宅団地があり、この分譲が思わしくない一方で、街なかに建設される集合住宅が、それぞれに好調な売れ行きになっている。集合住宅でもそれに医療福祉サービスを連携させたものが買われている。地方都市では街なかにおける集合住宅と郊外一戸建て住宅とでは圧倒的に戸建て住宅がデマンドとして強かったひところとは確実にちがった変化が起きている。
問題は、街なかになお住み続けている人たちの居住継承をどう発展させていくかである。そこに住んでいる人たちの高齢化が進み、若い世代がその居住拠点を継承するかどうかが地方都市では一層不安定である。相続を機会に売却や分筆が行われたりで安定的に継承することが困難になっている。それは言ってみれば、街なかでの居住空間の維持や継承を個別世帯で行うことが困難であることを示しているが、さりとて共同建替えやコーポラティブなど、共同の取り組みを受け入れるという不動産の運用方法にはまだ抵抗が大きい。現下の大きな研究課題の一つはここにあると考えている。
さらに、街なか居住を成り立たせる条件として、先のマンション事例に見るように、街なかの商業集積、社会資本や社会的・公共的サービスの水準を引き下げることなく、場合によっては魅力を削いできた機能的欠陥を補強することが必要である。因みに、東北地方都市において街なかに補強しなければならない機能としてすぐに思いつくのは市場(できればモノづくりをあわせもつ店舗も含めて)と医療福祉そして教育文化サービスである。これは街なか居住者の便益を向上させるためだけではない。街なかを訪れる人々にとっても、その魅力を増すことにつながるはずである。
最後に、街なか居住空間を支える維持管理マネージメントに関わるシステムの構築が必要である。介護保険によって20万円までの住宅改造支援が受けられるようになったが、これをめぐって適切な改造を受ける方法が見つけられなかったり、必要以上の改造をして高額の請求がきたりというトラブルも発生している。地元の大工・工務店組織が「福祉住環境コーディネーター」などとタイアップして住宅改造に積極的に対応する事例も出てきている。伝統的な維持管理や高度な技術を使う維持管理システムを組み合わせたり、地域的な発注システムを構築することで大規模修繕や維持管理コストを削減する経験などが大都市地域では行われている。
いずれ、ストック型の維持管理システムが本格的に求められてくるが、このようなシステムを街なか居住との関連で整備していくことが必要である。
(5)都市と農村の連携
わが国における都市とその周辺に広がる農村地域との関係は歴史的に見ると大きく様変わりしてきた。農村地域は都市人口への食糧供給を支えているが、古くはその農村地域の直近の都市との直接的な関係においてその役割を担っていた。つまり、農業生産の供給は全国的に通用する特産品を別にすれば比較的狭い範囲で完結していた。リチャード・ロジャースは新街区構想の依頼を受けた上海について次のように述べている。「歴史的に、中国人は都市とその後背地である農業地域を一体的に見てきた。今日ですら、上海都市圏では、野菜と穀物の自給がほぼ可能である」6)。しかし、わが国では60年代以降の大都市への人口集中を国家的に支えるために、それまでの狭域的な食料供給システムが大きく転換させられていった。大都市への食料供給を安定的に確保する仕組みが整備されていったのである。合わせて保冷輸送技術の開発などによって生鮮食品の遠距離輸送システムは飛躍的に拡大していった。これらによって全国各地の生鮮野菜は大都市市場に向けて生産が仕向けられていった。農家にとっては大都市市場に目を向けて市場価格の動向を睨みながら出荷することが重視されるようになる。結局、それぞれの農村地域と直近の都市との関係は薄れていった。さらに、農業経営そのものが農作物自由化などを背景にして衰退していく中で、都市近郊の農村地域は都市化すなわち宅地開発の波を期待する状況をつくりだしていった。わが国では都市の市街地と郊外住宅地そして近郊農村部の境界が不明瞭なまま市街地が野放図に拡大してきた。いわゆるスプロールの進展が中心市街地の衰退を招いてきた一因であることは周知の事実である。地方都市の中心市街地再活性化の課題にとっても、近郊農村地域を都市化の受け皿ではない農村の土地利用や生活様式そしてその風景のあり方を探っていくことが重要である。その都市が発展することが農村に発展につながり、農村の発展が都市を支えるといった、都市と農村の連携の姿を見い出していくべきであろう。地産地消の動き、そして山形県長井市に見られるような循環型地域社会に向けた取り組みなど具体的な実例も生まれつつある。
(6)都市の持続可能性
リチャード・ロジャースの言うように都市のサステイナビリティ−持続可能性は、都市にもともと付与されていた自然環境・生態系と経済・社会活動が都市計画にきちんと位置づけられることがスタートである。
それにはとにかく自然環境・生態系のリハビリテーションが必要である。加えて、これらに対峙する開発技術、建設技術の見直しが必要である。福島市の北隣、伊達町に諏訪野団地があるが、この団地は環境共生型、循環型の開発で知られている。土地の特性を定量的に把握した上で、団地全体を浸透式の排水処理を実施し、調整池を設置しなかった。当初、開発の技術基準との関係で困難であったが、コンサルタントなどの定量的な検討によって、これを実施にこぎつけている。
都市河川は「水に流す」装置になり、「よい子は川で遊ばない」とまで言わせてしまっている。もちろん都市のアメニティを高める都市公園や街路樹の整備は引き続き進めていかなければならない課題である。車社会の軌道修正はなお地方都市では日程に上りにくいが、避けては通れない喫緊の課題である。
そして都市を構成する個別建築のストックとしての維持管理システムの構築もストック型社会への基本的課題になっている。
4.コンパクト・シティの実現に向けて
(1)自律的な都市社会の形成をめざした都市マスタープランの策定
1992年都市計画法改正によって、「市町村の都市計画に関する基本的な方針」いわゆる「都市マスタープラン」が市町村によって策定されることになった。さらに2000年5月の改正では、いわゆる線引きが地域の裁量に委ねられることになった。これらは地方分権の潮流に裏打ちされ地方自治体独自の取り組みが期待されているものである。とはいえ、道路・河川あるいは宅地開発や再開発などの都市計画諸事業が国の補助事業として展開されることが多いことや都市計画の基礎となる都市計画区域や市街化区域の設定に対して絶えず周辺農村地域との関連が問題になるなど、農業政策や国土行政との関わりについての政策調整力が市町村単独では発揮しにくいことなどがあり、市町村が主体的に「都市マスタープラン」や線引きを決定することはそれほどたやすいことではない。「都市計画マスター」プラン導入の際にかなり議論され重視されてきた住民参加型の策定プロセスの導入についても、市町村による経験はまちまちで、はっきり言えば、住民参加はその言葉が流布されているほどに内実はともなっていない。今後コンパクト・シティをめざした都市計画を展開していくためには、住民参加型の都市計画の枠組みを発展させていく必要があるし、21世紀の都市像についての合意形成過程を経験交流しあう場が必要ではないか。
イギリスにおいて1993年から導入された「統一都市再生予算」(SRB:Single Regeneration Budget)について紹介しよう。ヨーロッパ統合が進むなかで、都市再生は各国・各都市が競争的に取組んでいる課題であり、当時のイギリス環境省(DoE、現「環境・交通・地域省」DETR:Department
of Environment, Transportation and the Regions)はSRBの枠組みを発足させた。各自治体がコミュニティ・インボルブメントあるいはパートナーシップの形成を前提とした都市再生プランをDETRの地方機関に提出し、その内容によって予算が決定されるというものである。地方自治体は単独ではこの予算の申請ができない。NPOや民間セクターなどとのパートナーシップの形成が義務づけられているのである7)。
わが国の中心市街地再生はもちろん、都市MP、住宅MP、さらには総合計画策定過程を眺めたとき、このような枠組みが期待されてきているものの、地方都市ではなお横たわっている課題は多い。都市再生が住民や民間などのエネルギーによるところが大きいことを考えれば、今後ますます大きな課題になっていくことは確実である。
(2)広域連携のための事業展開とコンパクト・シティの統一
すでに述べたように、高速交通体系の整備や水系を重視した地域連携など、広域連携のための事業展開が求められているが、それらをコンパクト・シティの考え方と密接に結びつけていくことが重要であることを計画や事業段階に落とし込んでいくことが必要である。最近の公共事業についての事業評価などでは、例えば高規格道路や流域整備など広域連携が求められる事業などについては、その整備と沿線の都市計画との調整を進めていくことも手がかりになるだろう。
(3)コンパクト・シティに向けた諸課題の調査研究
中心市街地再生は都市そのもののあり方を問い、その有力な考え方としてコンパクト・シティを提起しているのだが、実は街なか居住、公共公益施設の再配置、都市交通、土地利用、環境・自然との調和、都市と農村の連携や循環型地域の形成など、さまざまな課題に対して総合的に取り組まなければならない。街なか居住は大きく注目されているものの、地方都市の都市計画や住宅政策担当者には、なお郊外型の住宅地開発を重視する傾向も横たわっている。現実の街なか居住の実態を科学的に分析しながら、街なか居住やその継承の可能性、少子高齢社会の実像、建築物におけるストック重視システム、街なか居住にかかる都市計画や住宅政策の諸制度そして税制のあり方、など実にさまざまな課題が横たわっている。国内はもちろん世界各国でこれらの研究が積み重ねられており、研究蓄積とその応用を図る場の形成が求められている。
(4)市街地再生、コンパクト・シティのためのネットワーク形成
何度も述べてきたが、コンパクト・シティの前提には、
広域連携の今後の展開が位置づけられている。したがっ
て、一つの広域連携圏に含まれる地方自治体などでの都
市像としてのコンパクト・シティの理解やその実現に向
けた取り組みなどを触発する場を形成することも必要で
ある8)。これには市町村レベルの連携だけでなく、国や
都道府県レベルとの連携が必要である。
(5)新しい創造型都市型産業(周辺農林水産業との関連を含む)の育成
コンパクト・シティは、これまでのスケールを競った都市の姿ではなく、たとえコンパクトであっても個性的で創造的な魅力の創出が課題になってくる。その都市が個性的で創造的であるためには何が必要か。結論的にいってしまえば、その都市が独自の価値を生み出す活動(産業や文化)の形成である。これまで余りに大手企業の誘致や流通産業の進出に委ねてきてしまったために、その地域独自のモノづくり文化が急速に衰退してきている。これまでの中小零細工場のローテクと新たなハイテクを組み合わせた技術開発など、そして地元産品の付加価値を高める技術力の開発が必要である。
(6)コンパクト・シティに向けた国−都道府県−市町村の連携
国の行財政改革の一環として中央省庁が2001年1月再編された。これまで国土計画や都市計画を担ってきた建設省や国土庁は運輸省と統合され、国土交通省に移行した。その結果、地方建設局と港湾建設局が統合され地方整備局になるとともに、運輸省のもとにあった地方運輸局は並存することになった。また従来本省レベルでしか対応していなかった部門が地方整備局に配置されることになった。つまり都市局や住宅局の出先が建政部として配置されるようになった。それぞれの地域におけるコンパクト・シティの方向は国土交通省地方整備局や地方運輸局などとの連携のもとで、個別自治体の都市政策のあり方と広域ネットワークの連関がいままで以上に問われていくことになる。
今後広域連携や広域合併が具体的に展開されるようになれば、ますます市街地(都市計画区域あるいはその中の市街化区域)とそれ以外の地域との関連、広域交通ネットワークと市街地の整備との関連、国土利用計画法による土地利用区分と都市計画法による土地利用区分との調整など、より一層の連携とそれらの統一的な運用が求められてくるであろう。
一方、わが国の「中心市街地活性化法」による基本計画の策定は、各省庁の提示する各種補助事業をその地域にあわせて取捨選択することが中心になっている。いわば国の提起するメニュー方式の事業群の重ね合わせがその地域にフィットするものなのかどうか、これまでの補助事業の問題点をそのまま引きずっているのではないかと思われる。都市再生、中心市街地活性化、そしてコンパクト・シティの課題は地方自治体の課題をいかに総合的に展開するかという意味での政策能力が問われているというべきであろう。そのことと各省庁の事業メニューを選択するという方式がなじむかどうか、これから検討を要するところではないかと思う。こういった課題からも各地方整備局などの国の出先機関と各都道府県、市町村との連携がいままで以上に求められている。
5.おわりに
都市政策、住宅政策そして地域産業政策などを総合的に組み込んだ地域社会の姿、都市像として、統合化することが必要であり、その一つの考え方として、コンパクト・シティを提起した。それは、それぞれの都市がそれぞれの個別的な取り組みとして必要であるというだけでなくグローバルな課題にも対応するものである。
今後それぞれの都市の再生に向けて、それぞれの将来の都市像について実践を繰り返しながら合意形成する枠組みを検討していく必要がある。同時に、世界的な視野あるいは広域的な視点を考慮すると、広範な研究活動として取り組む環境整備を学会や関係機関に望みたい。
冒頭に述べたように、本稿は国土交通省東北地方整備局の方々と進めてきた「街なか居住研究会」、そしてそこに参加している北原啓司氏(弘前大学)らとの議論が素地になっている。あらためて謝意を表したい。
1) Richard Rogers + Philip Gumuchdjian "Cities for a small
planet",1997(野城智也ほか訳「都市 子の小さな星の」、鹿島出版会、2002.5、p.58)
2) 街なか居住研究会「コンパクトな都市づくりをめざして」、東北地方建設局、2000.3、pp.13〜15
3) 前掲書、pp.30〜38
4) 前掲書、p.36
5) 福原由美、鈴木浩「行政計画における街なか居住の位置づけに関する研究」、2002年度建築学会大会発表
6) 前掲書、p.41
7) 「都市政策における公共・民間・第3セクターの役割分担のあり方に関する比較研究」(平成9〜11年度科学研究費補助金・基盤研究(A)研究代表者内田勝一)参照
8) 筆者は現在、福島大学の他分野の研究者や外部の専門家などと福島県と宮城県を貫流する阿武隈川流域総合調査を始め、広域連携とそれぞれの都市政策との関わりについて検討を進めている。
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