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十和田国道維持出張所

担当個所・住所

【担当個所】

国道 4号(野辺地町〜岩手県境)
国道45号(十和田市)

【住所】
〒034-0001 青森県十和田市大字三本木字北平147-475
TEL:0176-23-7138/FAX:0176-24-0129

【ホームページ】
十和田国道維持出張所ホームページ

出張所紹介

当出張所は、一般国道4号の一時改築担当として昭和33年以降、道路整備の推進を通じて地域の方々と一緒に地域づくりに取り組んできました。行政と地域の方々がお互い協力しあって初めて「より良い・使いやすい・安全な施設」が出来ると考えております。今後とも「誰もが安心して利用出来る道路環境整備」が必要だと思っておりますし、そういう道路行政を進めてまいりたいと思っております。また、地域の方々からの様々なご意見等もお聞きしたいと思っておりますので宜しくお願いします。

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管内情報

藩境塚(平内町と野辺地町境)

津軽藩と南部藩の境界争いに際し、幕府の裁定により境川(二本又川)を境に両藩二基ずつの塚を築造したことから、四ツ森と呼ばれています。海辺に面した藩境塚は旧街道の名残を今日に伝えています。現在では駐車場やトイレ等が整備され、陸奥湾を見下ろせる憩いの場所になってます。


野辺地戦争墓所(野辺地町)

1868(明治元)年9月22日夜、新政府軍から盛岡藩攻撃を命じられていた弘前藩・黒石藩の津軽軍は野辺地に向けて進軍し、守りを固めていた盛岡藩・八戸藩の南部軍と交戦しました。戦いは夜明けまで続き、津軽軍はおよそ180名の兵士のうち、49名の死傷者を出し退却しました。その後盛岡藩ではこの戦いについて新政府に謝罪し、翌年に弘前藩は戦死者のうち27人の名を刻んだ墓石4基をこの地に建てました。戊辰戦争に関する青森県内唯一の史跡です。


日本中央の碑歴史公園(東北町)

昭和24年6月24日、当町(当時甲地村)の赤川上流で高さ1.5m程の自然石に「日本中央」と刻まれた碑(通称:つぼのいしぶみ)が発見されました。征夷大将軍坂上田村麻呂が刻んだという伝説が残っていますが、その後の研究で、坂上の後任で蝦夷征伐に来た文室綿麻呂が刻んだ説が有力になっています。「日本中央」の「日本」は「ひのもと」と訓じて東北地方を指す言葉であったと思われ、中央政府の支配の及ばない地、それが「日本」であり、政府の威令が浸透すると共に日本の地域も次第に狭められる事になりました。  なお、明治天皇が東北巡業の際にこの碑を探索した記録が残っていますし、西行、源頼朝、岩倉具視等がこの「つぼのいしぶみ」にちなんだ歌を残しています。


七戸城跡(七戸町)

鎌倉幕府滅亡の際、幕府打倒に功績のあった南部政長公に下賜され、以来この地は八戸根城と共に南部氏の一大拠点となり、特に津軽地方に対する備えとして重きをなしました。江戸時代に南部氏が盛岡に移った後も七戸は南部藩直轄となり、明治2年には南部直方公が七戸藩主としてこの地に藩庁を置きました。面積は22ヘクタールにも及び、要害かつ雄大な城であったと伝えられています。


「奥州街道」松並木(七戸町)

この松並木は、徳川幕府により「一里塚」が築かれ、街道の両側には防風・防雪と日陰をつくるため松を植えたのが始まりです。当時の奥州街道は、鹿角産の御用銅、福岡・三戸・五戸・七戸産の御用大豆を大阪へ送るため、野辺地港まで運ぶ人牛馬で賑わっていました。現在、国道沿いに見られる松並木は、明治初頭に後植えされたものですが、昔時の面影を偲ばせています。また、「歴史国道」にも指定されています。


土手山のケヤキ(十和田市)

当出張所のすぐ近くに土手山神社があり、その中にケヤキの大木がそびえています。このケヤキは松前藩主が参勤交代の折りに植えたものと言われています。相坂から洞内までの奥州街道沿いの風雪の強くあたる箇所に高さ七尺、根通り八尺、上幅二尺五寸の土手を築き松や雑木を植えたと言われています。
(樹齢300年、樹高26m、胸高周囲4.95m根元の周囲10m)


新渡戸記念館

三本木原十和田市の開拓の祖、新渡戸傳翁、長男十次郎氏、孫七郎氏の三代にわたる開拓資料や遺品の他、十次郎氏の三男であり国際親善に大きな足跡を残した農学・法学博士新渡戸稲造氏の蔵書や遺品等が展示されています。


国重要文化財 南部利康霊屋(南部町)

1623年(寛永9)に南部27代利直公が、四男利康の死を悼んで創建されました。南部家の財力が最も豊かな時で、桃山建築様式がそのまま取り入れられています。昭和28年に国の重要文化財に指定されました。


国指定史跡 聖寿寺館跡・三光寺(南部町)

聖寿寺館は南部氏本宗家の本拠地で、14世紀末頃から東北地方北部に覇をとなえていましたが、1539年に家中の内紛で焼失し、現在の三戸城に移りました。
福寿山三光寺は臨済宗の寺院で聖寿寺館跡の北側に位置しています。当時は南部氏の菩提寺である聖寿寺、東禅寺、三光庵がありましたが、南部氏が盛岡に移った時点で三光庵(寺)が菩提寺として残りました。境内には南部2代実光の墓所、南部26代信直夫妻の墓所、南部27代利直の霊屋、利直の四男利康の霊屋などがあります。
聖寿寺館跡と三光寺共に、平成16年に国の史跡指定を受けました。


三戸城跡(三戸町)

三戸南部氏の居城であった聖寿寺館が焼失後、三戸に居城を移したと言われています。1590年、南部信直公が豊臣秀吉から南部内七郡の領有を認められ、同時に三戸が正式な居城と定められました。その後、南部氏の居城は盛岡へ移りますが、三戸城には17世紀後半まで城代が置かれ、三戸代官設置後は御掃除奉行が城の管理を担当しました。


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8月は「道路ふれあい月間」です

道路は、生活の向上や経済の発展に深い結び付きを持つ国民共有の財産です。安全で快適な道路を維持しながら子孫に受け継いでいきたいものです。「道路ふれあい月間」は道路を利用する方々にこのような認識に立っていただくため、毎年8月1日から31日までの1ヶ月間に全国各地で様々な運動を行っているものです。

  1. 道路環境の点検と整備
  2. 道路の正しい利用の指導
  3. 道路愛護思想の普及
  4. 広報活動の推進の

の四つの運動を重点として、県・市町村・関係団体等の協力を得て推進することにしています。

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8月10日は「道の日」です

道の日は、道路の意義・重要性に対する国民の関心と道路愛護の精神を高めるため、昭和61年に制定されました。道の日が8月10日に定められたのは、「道路を守る月間」の期間中であること、大正9年8月10日にわが国最初の道路整備の長期計画がスタートしたこと等の理由によります。

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出張所のあゆみ

S33.6.1 南部国道工事事務所の十和田出張所が、現十和田市西三番町の県土木事務所庁舎の一部を借上げ設置され、一般国道4号の三戸町から野辺地町までの改良舗装工事等の一次改築事業に着手。
S33.12.5 現在の十和田市西十二番町に出張所新築。
S36.1.1 十和田出張所が南部国道工事事務所(事務所は当時の岩手県二戸郡福岡町に所在)より、青森国道工事事務所へ所属換え。
S38 一般国道45号が直轄編入となる
S39.4.1 十和田市三本木字北平147(現在地)に出張所新築
S42 一般国道4号野辺地バイパスの舗装工事を最後に、着工以来10年間で一次改築を完了。
S43.4.1 出張所の名称が現在の十和田国道維持出張所に変更
S43.5.16 北海道十勝沖地震発生。県内各地で多大な被害を受ける。特に当出張所管内の国道は被害が多く、復旧に2年を要した。
S47.12 一般国道4号三戸バイパス(三戸町豊川〜川守田L=3.4kmを竣工)が部分開通
S53.10 同上バイパス(三戸町川守田〜南部町沖田面L=2.96kmを竣工)合計6.36kmが全線開通
S55.11.12 一般国道4号五戸バイパス(五戸町扇田〜上新井田L=4.49kmを竣工)が暫定2車線で開通
S61.8 一般国道4号十和田バイパス(十和田市三本木〜主要地方道三沢・十和田線L=2.48km)が一部開通
S62.8 同上バイパス(主要地方道三沢・十和田線〜十和田市洞内L=4.82kmを竣工)合計7.3kmを部分開通
S63.8 御幸橋(奥入瀬川)架け替え
H2.10.26 集中豪雨により、一般国道4号は各所で法面の崩壊等多数の被害を受けた。特に名川町剣吉は切土法面崩壊により、全面通行止めの大きな被害となった
H3.12 十和田市以北(野辺地町まで)の除雪体制の強化を図るため、坪除雪ステーション完成
H6.12.28 三陸はるか沖地震発生。震度6の烈震により、特に八戸地方が大きな被害を受け、当出張所管内一般国道4号の三戸町目時、五戸町浅水、十和田市伝法寺〜大窪においても舗装の亀裂、陥没等多くの被害を受ける。
H11.10.28 集中豪雨により、一般国道4号は各所で法面の崩壊等多数の被害を受けた。特に三戸町川守田及び名川町剣吉は斜面崩壊により、全面通行止めの大きな被害となった。
H12.8.31 坪除雪ステーションに薬剤倉庫が増設される。
H13.10.31 名川町剣吉地区に薬剤倉庫が新設される。
H13.12.13 一般国道4号十和田バイパス(十和田市伝法寺〜十和田市三本木L=5.0kmを竣工)合計12.3kmの完成(開通式)により暫定2車線で全線開通する。
H14.4.1 バイパスの開通により十和田市内(十和田市伝法寺〜十和田市洞内)の旧道の管理が県及び市に移管される。
H17.11.18 同敷地内に新庁舎新築。同28日から新庁舎での業務開始。
H20.3.24 一般国道4号七戸バイパス(七戸町笊田川久保〜七戸町荒熊内L=2.9kmを竣工)が一部開通。
H22.11.24 一般国道4号七戸バイパス(十和田市大沢田〜七戸町笊田川久保L=2.8qを竣工)合計5.7qの完成(開通式)により暫定2車線で全線開通する。

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