HOME 観光 菅江真澄の足跡と秋田・再発見 キッズコーナー


やあ!みんな元気かな。ワシの名前は「菅江真澄(すがえますみ)」。真澄じいさん、マスミーと呼んでくれてけっこうじゃ。みんなはワシのことを知っているかな。もちろんこのホームページに来てくれたんだから知らないわけはないはずじゃが…。エッ、よくわからないって? それはこまった。じゃあ、みんなの疑問にこのワシが答えてあげよう。わからないことがあったら、どしどし質問しておくれ。オッ、さっそく質問がとどいたようじゃな。


愛知県岡崎市(あいちけんおかざきし)。
菅江真澄が旅に出る前に住んでいたところといわれています。
Q 真澄じいさんはどこで生まれたのですか?
ワシが生まれたのは今からおよそ250年前のことで、今は愛知県(あいちけん)という名前になっている三河(みかわ)の国。地図で調べたらわかるはずじゃが、秋田からはずいぶん遠くて、秋田よりずっと暖(あたた)かいところじゃ。
ふるさとをあとに旅に出たのはワシが30歳(さい)の時で、それから今の東北地方(とうほくちほう)や北海道(ほっかいどう)をめぐり歩いたんじゃ。その中でいちばん長くいたのは秋田で、仙北郡(せんぼくぐん)で亡くなるまで、のべ29年間もいたんじゃよ。


菅江真澄が描(えが)いたかまくら。
真澄が持ち歩いていたスケッチブックには、暖かい地方の人たちにとっては、めずらしいものがたくさん描かれています。
Q 真澄じいさんはなぜ旅に出たのですか?
 ワシが旅に出た時に持っていたスケッチブックには、こんなふうに書いてあるんじゃ。 「自分はいろんな国をめぐり歩いて、めずらしいところ、めずらしい道具、めずらしいならわしなど目にとまったものを絵にして持ち帰り、絵のじょうずな人に協力してもらい本にして出したい」。それから別の本には「この日本の国にあるすべての古い神社を拝(おが)み、めぐってみたい」とも書いてある。 ワシのことを調べている田口昌樹(たぐちまさき)さんは、「北の国に向かって旅に出たのは、真澄じいさんは雪国にこそ日本人のよさが残っていると思っていたんじゃないかなそれを自分の足と目で確(たし)かめたかったからだろう」と言っておる。
ほかにもお父さんや兄弟とケンカをしたからとか、失恋(しつれん)したからとか、中には北の国へのスパイだったという人もおるようじゃ。

この中でどれが合っているのか、実はワシもよくわからんのじゃ。何しろ、ずいぶん昔のことじゃからのう。みんながワシについてもっと興味(きょうみ)を持って調べていくうちに、自分なりの答えをさがし出してみるのも面白いかもしれんぞ。だから、この質問の答えは、みんなへの宿題(しゅくだい)ということにしておこう。

このコーナーでは、ワシのことを取り上げている小学校のホームページを紹介しよう。

秋田市立
大住(おおすみ)小学校の
「ふるさと情報発信室
(じょうほうはっしんしつ)」
大住(おおすみ)小学校は、秋田のまちの南のほうにあって、900人くらいのお友だちが勉強しているそうじゃ。この小学校のホームページの「ふるさと情報秋田県−秋田の歴史を調べよう」のコーナーに、ワシが出ているらしい。さっそくクリックしてみるとするか。ホホウ、社会科の郷土(きょうど)の歴史調べで「大野(おおの)を訪れた菅江真澄」というテーマに取り組んだことが書いてあるぞ。どれどれ読んでみようかな。

これは菅江真澄が蝦夷地(えぞち・北海道)でスケッチした遊楽部川(ゆうらっぷがわ)の絵を、大住小学校のお友だちがまねして描(えが)いたものです。(大住小学校ホームページより)
当ホームページ「足跡マップ」参照▼
−私たちは、6年最初の社会で「大住の歴史」の「大野八幡神社(おおのはちまんじんじゃ)を調べました。実際に行ってみると「菅江真澄」という人物が、ここ来たという記念(きねん)の木の柱が立っていました。“この人は、大野神社とつながりはきっとあるだろう…”そこで、大野八幡神社と一緒に「菅江真澄」も調べてみることにしました−

大野というのは、大住小学校のすぐそばにある古い村で、ワシは今から190年前にここをたずねて、村のようすを本に書いたんじゃよ。ワシが書いたものをもとにして、みんなの住んでいるふるさとを見つめ直してくれたら、ワシも秋田を旅したかいがあったというものじゃ。
みんなも大住小学校のお友だちに負けないよう、真澄じいさんのこと、ふるさとのことを勉強しておくれ。

大住小学校
秋田市仁井田西潟敷33/児童数900人
(平成15年5月現在)
ホームページアドレス
http://www.edu.city.akita.akita.jp/~osm-s/


大住小学校の近くにある大野八幡神社。菅江真澄がここに来たことを記念した「菅江真澄の道」の標柱(ひょうちゅう)が立っています。

ここらでクイズをだしてみよう。秋田のわらしっこどもにはカンタンだとは思うがのう。
秋田以外のきみたちにもちょうせんしてほしい。そのあいだワシはちょっと昼寝をさせてもらうとするか……

左の絵は、ワシが200年くらい前に秋田の八森(はちもり)の海岸でスケッチしたものじゃ。さて、このおなご(女の人)は何をとっておるのじゃろうか? 下の3つから正しいとおもうものをえらんでクリックしてみておくれ。

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