HOME 観光 菅江真澄の足跡と秋田・再発見 真澄が描いた川と水

 切石の渡しは、かつての切石村(二ツ井町切石)と薄井村(二ツ井町薄井)との間を流れる米代川(よねしろがわ)の渡しです。現在は切石集落から国道7号の旧道が延び、そのまま米代川に架かる米白橋(よねしろばし)を渡って二ツ井町中心部へと続いています。

 切石の渡船場は米白橋の下手にあったといわれ、左岸堤防沿いに40〜50メートル下流に進んだところに、「切石の舟場跡」の標柱が立っています。

 菅江真澄の図絵は川の右岸(薄井側)から切石方向を望んだもので(右手が下流)、満々と水をたたえた米代川を横切っていく渡し舟が描かれています。

 渡し舟の川上(左手)のほうに切石の地名由来となった石切山がそびえ、そのふもとにある岩(塚)の上に小さな石堂が見えます。これは「お舟様(舟神様)」の祠(ほこら)で、船頭さんたちが舟渡しの安全を祈願して祀(まつ)ったものといわれていますが、現在は石堂が風化して崩れ、原形をとどめていないのが残念です。

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