1-1-2 圏域の水害と治水事業の沿革
(1) 圏域の水害
 最上川における洪水の原因は、地理的条件から台風によるものは少なく、前線性降雨や温帯性低気圧によるものが大部分である。表1に村山圏域において戦後大きな被害をもたらした昭和42年、昭和51年、昭和56年の水害、表2に平成元年以降の水害の一般資産被害※1状況を示す。これより、平成元年以降2年に一度程度の頻度で水害が発生している。

 
表1 主要洪水時の水害の一般資産被害状況 (村山圏域)
表2 村上圏域における平成元年以降の一般資産被害発生状況
 
1) 昭和42年8月28日から30日にかけての洪水
 28日午前6時頃から降り出した雨は、県中南部に局地的な豪雨をもたらし、小国町を貫流する荒川をはじめ、置賜白川、松川(最上川)、屋代川などの県南一帯の各河川は一挙に氾濫した。中流部の降雨は、上流部(県南部)程ではなかったが、河川の水位は、中山町長崎で警戒水位を2.30m上回る15.80m、河北町下野で1.94m上回る15.94m、大石田町大石田で3.39m上回る16.87mと各測水所の記録は既往最大を記録した。これら中流部では想像もできなかった所まで家屋の浸水があり、船による人命救助が行われた。
 この洪水による被害は、全壊流失14棟、半壊・床上浸水1,518棟、床下浸水1,009棟、農地冠水939ha、宅地等冠水232haに達した。

 
写真1 山形市門伝橋(昭和42年8月)山形新聞社
写真2 自衛隊による救助活動・中山町(昭和42年8月)
  2) 昭和51年8月5日から7日にかけての洪水
 5日午後3時、朝鮮半島南部に発生した低気圧が東北地方南部に接近するにしたがって前線も北上活発化し、6日3時には酒田沖に達した。山形県では5日昼頃から北部の鳥海山系と南部の朝日山系で雨が降り始めたが、雨域は次第に県中部の月山・朝日山系に集まり、豪雨の中心は夜半前には月山から朝日の北側、夜半過ぎには月山から朝日の南側に移った。6日9時までの降水量は天狗山の317mmを最高に中村209mm、肘折194mmなどに達し、1時間最大では尾花沢の61mmであった。
 河川の水位は、最上川本川では、大石田地点で警戒水位を13時間にわたって超え、ピーク時には警戒水位を1.67m上回った。
 この洪水による被害は、全壊流失5棟、半壊・床上浸水401棟、床下浸水1,737棟、農地冠水3,764ha、宅地等冠水1,689haに達した。

  3) 昭和56年8月23日から24日にかけての洪水
 16日に沖の鳥島の南西海上に発生した台風15号は、大型で並の勢力を保ちながら房総半島に上陸した。台風はその後、奥羽山脈に沿って北上し、県内では台風の接近に先立ち寒冷前線を伴った低気圧が日本海中部を東進したため、22日の夕方から雨が降り始め夜半には県内全域が暴風雨に見舞われた。降り始めからの総雨量は蔵王山が352mmという記録的な降雨量となるなど、県内のほとんどの地域で100から200mmの大雨となり、営農及び土木施設を中心に甚大な被害を受けた。
 この洪水による被害は、全壊流失1棟、半壊・床上浸水75棟、床下浸水230棟、農地冠水999ha、宅地等冠水34haに達した。

  (2) 治水事業の歴史
 最上川改修の歴史は古くから始まっているが舟運航路や農業用水確保のための低水路工事が主であった。1580年頃には、山形城主最上義光が大石田と村山の間の難所を開削させ、4年後には最大難所である碁点の岩石取除き工事に成功した。上流部でも江戸時代には上杉藩により航路開削の他、洪水氾濫の防止のための改修や堰の築造が行われた。
 県都を代表する河川である馬見ヶ崎川は、江戸時代初期まで現在の旧市街地を貫流していたが、しばしば大水害に見舞われたため、1624年頃山形藩主鳥居忠正が、現在の流路を築造している。なお、馬見ヶ崎川流域では、戦後、市街地への洪水被害の防止と洪水調節、上水道供給人口の増加による水源確保、および安定したかんがい用水の供給を目的とした蔵王ダムの建設に着手し、昭和45年に完成している。
 戦後の本圏域は、水害との戦いの歴史でもある。昭和42年8月の洪水により、最上川中流部も甚大な被害を受け、大久保遊水地が計画されるなど大幅な河川計画の見直しが行われた。また、昭和51年8月の洪水により、甚大な被害を受けた寒河江市内の沼川では、抜本的な治水対策として沼川放水路を施行している。白水川においては、ダム計画が位置付けられ、平成2年度に完成している。昭和56年8月の洪水では、馬見ヶ崎川をはじめ、山形市周辺部の須川、村山高瀬川、野呂川などが氾濫した。この洪水を受け、市街地周辺の治水安全度を高めるための河川改修が行われてきている。

※1 一般資産被害 住宅や商店・工場などの資産の被害を言う。 これに対し、橋や道路の被害は公共土木施設被害と言う。